2011年 8月29日  inswatch Vol. 578

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

保険ウオッチング                    坂本 嘉輝

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

メガバンクの為替デリバティブ問題

金融庁の広報誌のような性格の、『週刊金融財政事情』という雑誌があります。
この雑誌の注目記事の一つが『新聞の盲点』という記事です。

8月22日号のこの記事で取り上げているのが「過払い金」と似てきたメガバンクの為替デリバティブ問題です。

時々新聞にもちょっとだけ出てくる話題ですが、なかなか実態が分からないこのテーマについて、金融ADRとの関連で被害の大きさを推測している記事です。

金融ADRというのは保険の方でもやっている『金融分野における裁判外紛争解決機関』のことで、生命保険協会や損害保険協会がその機関となっています。

銀行でも、全国銀行協会がその機関となっているのですが、この『メガバンクの為替デリバティブ問題』について、被害者となった中小企業がこのADRにあっせんを申し立てており、大半の事例について銀行側が多額の負担をする形で和解案が出されている、ということです。

この『メガバンクの為替デリバティブ問題』というのは、銀行が中小企業に為替デリバティブ取引をすすめ、その取引により中小企業側に多額の為替差損が発生している、という問題です。為替ディリバティブというの為替リスクをヘッジするための手段として利用する分には何の問題もないのですが、保有する為替リスクがなかったり、為替リスクを増加させるような取引をすると、それはギャンブル以外の何物でもない、ということになります。

問題となっている為替デリバティブ取引の内容は、通貨オプション取引、ということです。通貨オプションはコールオプションとプットオプションの両方があり、それぞれについて売りと買いがあります。オプションの買いは損失限定で、利益は青天井、売りの方は逆に利益は限定付きで損失は青天井です。

たとえばドルを持っている企業、あるいはドルが入ってくる予定の企業、すなわち輸出企業であれば、そのドルを売る権利、プットオプションを買うことによって、そのドルを売る値段の下限をあらかじめ決めることができます。また、持っている、あるいは入ってくる予定の範囲内でドルを買う権利、コールオプションを売る、という使い方もできます。

逆に輸入業者の場合、支払に当てるドルを手当てするのに、ドルを買う権利、コールオプションを買うことによってドルを買う値段をあらかじめ決めておくことができます。また、輸入に使う予定の範囲内でドルを売る権利、プットオプションを売る、という使い方もできます。

ところが実際のこの為替デリバティブ取引の内容は、為替取引の必要もない企業に為替オプションを購入させるとか、必要以上のオプションを売る取引をさせるとかして、為替差損が膨大に膨らんでしまっているようです。

この取引のリスクを十分理解したうえで行っているのであれば問題はないのですが、取引先の銀行の依頼でお付き合い、あるいは有利な投資と思ってこの取引を始めてしまった中小企業はこの円高で大きな為替差損を発生させてしまっているようです。

オプションの買いだけであれば損失は限定されているのですが、オプションの売り取引をすると損失が青天井になってしまいます。

記事によると取引の多くは1ドル110〜120円台で推移していた2004年ないし2007年に販売されていて、取引の損益分岐点は1ドル90〜100円台になっているようです。今の75〜76円の為替レートでどんなことになっているか、恐ろしいほどです。

これについては金融庁が速報ベースで実情を調査した結果を発表していますが、これが大震災と同じ3月11日の発表ですから、今とまるで状況が違うかもしれません。それでも、その時点の調査(調査時点は2010年9月末くらいのようです)で、通算損益が1,400億円、1契約あたり平均600万円の損失の契約が 2万5千件、ということですから、大変な数です。

取引をしている中小企業は取引先銀行に進められてやっているものですから、めったなことでは銀行に文句なんか言えません。ADRに持ち込む、というのはかなりのリスクを覚悟してのことです。銀行もこの震災やアメリカ・ヨーロッパの金融危機でダメージを受けているし、企業によってはさらにダメージを受けています。サラ金の過払い金問題に注力していた弁護士がこの問題に気がついて大挙して押しかけると、『第二の過払い金問題』に発展しかねない、というのがこの記事の内容です。

とりあえず今日は民主党の代表選ですが、誰が代表になろうと安定した政局は望めそうもありません。金融庁は機動的に対処することができるんでしょうか。

(生命保険アクチュアリー、(株)アカラックス代表取締役) http://www.acalax.jp