2010年 7月26日  inswatch Vol. 521

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【6】保険ウオッチング                    坂本 嘉輝

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「二重課税は違法」という最高裁判決

最高裁の「二重課税は違法」という判決について騒ぎが広がっています。これについては別途きちんとした解説をしようと思いますが、まずは概略を。 最高裁の判決文は、読んだ方もいるかと思いますが、まさに最も至極な判決で、どうしてこんな当たり前のことを今まで気づかずに放置していたんだろう、と思うようなものです。

でも、そこに至る過程の、福岡高等裁判所の判決、長崎地方裁判所の判決、国税不服審判所の裁決を読むと、この訴訟を起こした長崎の主婦のAさんの主張もそれに対する国と長崎税務署(以下、国税側といいます)の主張も同じようにまったくもっともな主張です。

最高裁の判決文は最高裁の言いたい結論だけを書いているので、それだけがもっともなように見えるのですが、それ以前の福岡高等裁判所の判決、長崎地方裁判所の判決、国税不服審判書の採決では、Aさん側、国税側の両方の主張の概略を書いた上で裁判所の考え方が書いてありますので、双方の主張がよくわかります。最高裁の判決文だけで今回の件を判断してしまうのはちょっと早とちりになってしまうような気がします。

今回の判決で、表面的にはAさん側の勝訴、ということになったように報じられていますが、実はそうではありません。最終的に、Aさん側の主張も国税側の主張もどちらも否定されて、そのどちらでもない最高裁の新しい考え方が出された、ということです。

Aさん側の主張は、契約者・被保険者の死亡による年金の支払に対して、その権利について相続税の課税対象になっている以上、その年金を実際に受け取る段階で所得税が課せられるのは二重課税だ、といって、このような年金はすべて所得税非課税である、といっています。

国税の考え方は、年金の権利に対して相続税の課税対象にしているので、相続の時点でその権利については所得税の対象としない、ということであって、年金の受け取りの段階で所得税の対象とするのは二重課税になるわけではない、というものです。

この二つの考え方に対して、最高裁の考え方は、年金の権利に対して相続税の課税対象にしているので、相続の時点でその権利については所得税の対象としない、そして年金の受け取りの段階では既に相続税の課税対象とした年金の権利の額までについては所得税の対象としないけれど、それを上回る実際の受取額についてはそれを運用益と考えて所得税の対象とする、というものです。

たまたま今回の裁判の対象としたのが1回目の年金の支払についてだけだった ので、結果的に1回目の年金は運用益の部分がないので所得税の対処となる部分がない、ということでAさんの主張と同じ結果になりましたが、2回目の年金の支払からは最高裁の判決はAさんの主張とは違ってきます。Aさんは何回目の年金であろうと所得税非課税だ、といっていますが、最高裁は、運用益の部分については所得税がかかる、ということです。

法律というのは法律の条文だけではなかなか細かい所まで書ききれないため、その解釈だとか、具体的な計算方法のルールだとか、実例だとか、裁判の判例だとか、そのようなものが集まって全体として法律の具体的な内容を示すことになります。税法も法律ではありますが、特にその解釈だとか具体的な計算方法だとか実例だとかが膨大な量になるため、法律全般の専門家である弁護士とは別に、税法についてだけの専門家として税理士という制度を設けています。

税法というのはこのように膨大な体系なので、それを変更する場合にもその影響する範囲をしっかり見極めて、慎重に検討した上で変更しなければならないのですが、今回の最高裁の判決は実質的にそのような検討なしの税法の改正、ということになってしまったようです。

通常の税法の変更であれば、その変更をいつから実施するか、とか、それより前のことをどのように処理するかとか、その変更によりその他の税法や税法以外にどのような影響がありうるか、それに対してどのように対処するか、などをきちんとつめた上で行われます。今回の最高裁の判決は、所得税法が所得税法に違反している、という形の判決ですから、今の所得税法ができたときにさかのぼってすべて所得税法違反、ということになってしまいます。また、その変更によりその他の税法や税法以外にどのような影響がありうるか、それに対してどのように対処するか、などについてはなにも決めずに変更してしまった、ということに なります。実際、2回目の年金の支払について運用益をどのように計算するか、ということでさえ最高裁は何も言わずに、単にその部分については所得税の対象としなさい、といっているだけですから、ボールを投げられた、裁判に負けた国税当局が、最高裁の判決の方向に沿った形で具体的なルールを決めなければならない、ということです。

さらに、今回の判決は、所得税の税額についてだけのものではなくて、課税される所得それ自体についての変更の判決です。そのため、所得を基準にしている、所得税以外の税金や、社会保険の保険料、社会保障給付についても変更されることになります。これらを実際にどのように取り扱うのか、過去にどれくらいさかのぼってどのような調整を行なうのか、すべて大変な作業になります。

そんな作業を必要とする、本当は何百人ものお役人や学者の先生や実務家を総動員して検討しなければならない税法の変更を、裁判官たったの四人で決めてしまった、ということです。

これから一体、どうなるんでしょうね。

(生命保険アクチュアリー、(株)アカラックス代表取締役) http://www.acalax.jp